カラダは、「心」が指令をだして動かしている。

普段はカラダばかりを気にして「心」の存在をおろそかにしてしまう。

 

カラダを鍛えたりするのはとてもいいことですが、

心を鍛えることはしていないのでは、ないでしょうか。

 

「心とカラダの密接な関係」を自らの経験で明らかにしていきます。

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言葉のイメージに負けないで心は自由になろう

心は、人間の中枢で意識、魂、霊ともいいますが、

肉体をコントロールしている主人公です。

昔から仏教用語などで「色心不仁」「身心一如」「心身一体」

という言葉があります。

 

これは世間では、心とカラダは一体である、

カラダと精神は一体であるというように

捉えています。

 

辞書にもそう書いてあります。

それをそのまま理解した場合、

心とカラダが常にいっしょに存在して

心がカラダ中にスッポリ納まっている感じがしてしまいます。

 

非常に残念なことに、

このような言葉が強くイメージにされると

ほとんどの方は、「心が萎縮」をしてしまい、

本来の『心の力』に気がつくことさえできないような

気がしています。

 

言葉は恐ろしいもので、一人歩きをしてしまいます。

そしてその真実の意味がわからないまま、

中途半端な知識の中にインプットされて

それが思い込みに変わっていきます。

 

「心とカラダは一体である」という言葉の意味自体は、

間違っているわけではありませんが、

お釈迦様や宗教指導者がその時代に喩え話の中で

使ったのではないかと思われます。

 

なので、この記事では心とカラダは一体ではあるが

役割が違うことを説明していきます。

 

心が操縦をしてカラダを動かしている

本来は、心が主人公でカラダに命令をだしてコントロールしています。

 

病気の時に経験した話ですが

病院のベッドで脳梗塞の昏睡状態から目覚めて「右半身不随」

になったのをはじめて知った時、反応が鈍いせいか

あまり実感がありませんでした。

右半身麻痺ということは、左脳が脳梗塞になりダメージを

受けていたのです。

 

そのときに自分自身の心は、直ぐにはパニックではなかったのですが

どうしたんだろう?という感じで冷静に判断をして右の手、足、口

すべてに命令をくだして試していました。

 

しかし、全く反応はありませんでした。

なんだかロボットの右手と右足が操縦不能になっている感じ

手、足の部品がベッドの上にドンと置かれている感じがしました。

 

こんどは左側の手、足,口を命令すると自由に動いてくれました。

なんだか自分の心(意識)が操縦室から見て、

こわれた右半身と正常な左半身を眺めているような

奇妙な感じで、最初は気持ち悪かったのを覚えています。

 

この経験で自分の心とカラダ(肉体)は

別物であることを認識しました。

 

たぶん健康であれば、普段自分の心が命令をして

カラダを動かしているなんてことを考えることは

ほとんどないでしょう。

 

心とカラダが、一体になっているイメージが強いので、

カラダの方に目が向いて「心」の方を忘れてしまうのが

現実ではないでしょうか。

 

このような経験はしない方がいいと思いますが、

病気でカラダが不自由になってみるとよくわかってきます。

 

このように心とカラダの関係は、一体ではあるけれど

「心」が主人公で、「カラダ」がロボットのように

主従関係になっているのが真実です。

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心が病むと体も変調をきたしてくる

右半身麻痺に気がついて少ししてから

この先、どうしたらいいのか考えると心は憂鬱になりました。

カラダが病むと心が変調をきたすのは、本当です。

 

しかし、心が病んでいる時に、カラダが不調になることがあります。

 

すぐに反応がでるのものでは、例えば

試験前になると心が不安で緊張して胃が痛くなったりすることがあります。

人ゴミの中を歩くのも窮屈でイヤだ思うと頭痛がしてくる人もいます。

(この場合、理由が違うところにもある)

 

これらは、心の中で不安な気持ちやそこを避けたいと

拒否反応が、心に瞬時に曇りを創りカラダに伝えわって

症状を引き起こします。

 

「癌」なども同様に、

長年かけて心に鬱積(うっせき)した念い(おもい)が、

カラダの弱い箇所に少しずつ癌細胞をつくっていきます。

僕の難病や脳梗塞についても、心の状態が大きな原因であったことは

後になって理解しました。

 

一方、カラダが事故や病気で損傷してしまった場合は、

心に痛手をおってしまいます。

この場合は、物理的な要因が大きいので

心にも影響があるのは当然です。

 

ただ、その心がどのように物理的ダメージを

今後、良い方向に補っていくかは本人の心の力によります。

 

体を鍛えると心の調子がよくなる

このように心が病んでいる状態がカラダに変調を

きたしていきますが

反対に、心が健全であればカラダも不調は起きてきません。

 

カラダを鍛えた場合は心にどのような影響があるのでしょうか?

 

例えば、早足で歩く散歩や軽いランニング、

あとは趣味のテニスやバレーボール、水泳など

なんでもいいですが、

週1回でも毎週やっていれば体の調子がよくなります。

 

それは、心がいろいろなものを発散させてリラックスが

できているからでしょう。

 

多分、根(こん)を詰めて受験勉強や仕事をしたりすると疲れます。

でも散歩などの息抜きをすることで、

また勉強や仕事がはかどったりしますが、

これも心がリラックスをするからです。

 

だから、ほどほどにカラダを鍛えるのは、

心を健全にしていくことに繋がっています。

 

心とカラダは一体ではあるけれど、心の力に目覚めるべき

そういう意味では「心身一体」などの言葉どおりではありますが

心とカラダの相関関係、尚かつ主従関係になっていることを

理解するこが重要になります。

 

カラダを鍛えるように心も鍛えることができます。

心を鍛えるというより「心を磨く」といった方がいいかもしれません。

心を磨くことで「心の力」が発揮できます。

 

心を磨くとは、心のアカを落とし心の曇りをとって心に活力を与えることです。

具体的には、感謝や反省方法で心の曇りを落として、真理によって磨きをかける方法です。

これは「心の錬金術」で確実にできます。

 

まとめ

  • 心とカラダは一体ではあるが、本当の意味が伝わっていない
  • 言葉のイメージに負けないで心は自由だと知ろう
  • 心とカラダは主従関係になっている
  • 心が病むとカラダも変調をきたしてくる
  • カラダを鍛えることは心を健全に保つためによい
  • 心とカラダは一体ではあることは、心の力に目覚めれば理解する
  • 心の力は、心を磨くことで発揮する

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