一般的には定年後を「第二の人生」と呼んでいますので
人生の後半に差し掛かってくると「人生のやり直し」なんて
できる訳がないと思い込んでしまうところもあります。
しかし、人生は「やり直し」ができないと嘆く必要はありません。
本当は、これからのあなたの人生は「やり直し」がまだ可能なのです。
というか、もっと先の未来に「人生のやり直し」できるようになります。
それは、あなたの意識を変えるだけで「人生のやり直し」ができるのです。
それには常識に縛られない「意識改革」が決め手になります。
あなたにとって「人生」とは何ですか?
この世に偶然に生まれて、楽しく幸せに生きて
できれば子孫を残して死んでいく。
そして、虚しくも人生が終れば、人間はすべて終ってしまう。
天国があればいいけれども、、、
一般的には、このような人生を考えているのではないでしょうか。
現代の世間一般の常識は貧相
現代の世間一般では、人生というものを
この人生は一回きりで、せいぜい80歳くらいまでの期間しかない
と思い込んでいるようです。
この考えは、戦後の教育に問題があったせいで
世間一般の常識は貧相なものになっています。
なぜ、戦後に問題があるのか
戦前は、日本は武士道のしきたりや
教育勅語などによる教育もあって
日本は、大東亜戦争までは強い国でした。
しかし、敗戦後にマッカーサーによる
日本解体の一部に、公職追放令がだされて
戦前の教育界のトップなどを共産主義者に
入れ替えたために、日本の柱でもある
日本神道(にほんしんとう)の宗教の
基本精神が失われて今に至るのです。
もともと、アメリカは日本が怖かったために
日本人から宗教(日本神道)を取り上げること
を考えていたので、無心論、唯物論を掲げている
共産主義者が適任だったのです。
しかし、マッカーサーは、朝鮮戦争の
勃発により日本が大東亜戦争に突入しなければ
ならなかった本当の理由がわかったのですが、
後の祭り、共産主義が日本の中枢を席巻していたために
マッカーサーの訂正の意見は却下されたのです。
そのおかげで唯物論の思想が日本中に
常識のように広がっているのです。
唯物論を信じると人生が虚しい
無神論、唯物論者は、人生を偶然のものとして
人生はこの一生限りしかないと考えています。
唯物論、共産主義で大きく間違っているのは、
不平等社会に対して文句を言っているところです。
平等思想はいいのですが、
人間は偶然に生まれたという考えが中心にある為に
金持ちに生まれた人間に対して嫉妬をし、
引きずりおろして、労働者も同じ平等ではないかという理論で。
嫉妬の感情から派生している思想です。
これは、共産党宣言をしたカール・マルクスの理論です。
しかし、この理論では、絶対平等にはなりません。
なぜなら平等にするためにお金や物品をバラまく特権階級が
必ずできるからです。
その証拠に、日本のそばにある共産主義の国を見れば明らかに
この通りであることがわかるでしょう。
真実を知ったら、とても貧相な思想であることがわかります。
人間は何度も生まれ変わっているのが真実
現代の常識とは違って、永遠の昔から何も変わっていない
普遍の真実があります。
人間は何度も地上に生まれ変わります。
様々な国、環境、状況、人間関係、仕事を経験しながら
この世では人として成長をする存在で
あの世では霊(魂)としてこの世以上に長い期間存在しているのです。
本当はあの世がメインの故郷であり、この世はどちかというと
魂を鍛えるための勉強の場というのが真実です。
人間の一生が一回きりを信じるならば
唯物論を信じている人は、死んだら何も無いと思い込んでいます。
そのほとんどの死者の霊は何十年,何百年もの間
地獄や迷いの世界(死んでもまだ、この世に霊(魂)として存在)
に生きています。
無くなっていないので、生きていると錯覚しているのです。
いわゆる幽霊としてさまよっています。
あの世を信じていなかったのですから
あの世(天国)には帰ることができないのです。
実際、あの世(天国)に帰った人間よりも
魂の成長として遅れをとっているということです。
「意識改革」をするべき時代
このように、多くの迷っている霊の存在自体を
どこへ行っても観じることができます。
数が多いので相手にするのは大変で
最近では、なるべく知らないふりをしています。
余計なお世話かもしれませんが、
ブログを通して意識改革をするべき啓発をしているのです。
生きている内に、ぜひとも「意識改革」をオススメします。
この記事を全く信じない人へ
もしも、この啓発の真理を信じないのであっても
死んだら無になるのが本当なら、それが真実の場合
何も無いから感じることも無く、何も影響がありません。
しかし、反対にもしも無になっていなければ、困惑するはずです。
だから、もはや選択肢はないということです。
備えあれば憂いなしで、知っておくことは宝になります。
意識改革をすれば「やり直し」の意味がわかる
人生の中で失敗し、納得いかなかったことに
後悔をもっているから、できたら「人生のやり直し」をしたいのだと思います。
しかし人生が一回きりであれば、後悔もあるでしょうが
何度も生まれ変わっていることに「意識改革」をして
信じることができるならば、やり直しに執着する必要がなくなります。
今まだ、若いのであれば何度も挑戦するのもいいでしょう。
しかし、死が近くなってからの後悔は
取り越し苦労や持ち越し苦労になって心が病んでしまいます。
今世(こんぜ)の人生は、こんなものかと開き直って来世に「やり直し」をしよう。
その時は、成功させるぞと強く希望を抱くほうが健康的ではないでしょうか。
生まれ変わりの長い人生があるということを
信じる「意識改革」によって後悔せずに生きていけるのです。
心の持ちようによって「やり直し」の意味も変わってくるということです。
あとがき
世間の常識は、何も疑問に思わなければそのまま鵜呑みにしてしまいます。
常識は人がつくっているものがほとんどです。
しかし、普遍的な常識は、真実として存在しているのです。
その真実に目を向けなければ、偽りの世界を生きていることになります。
偽りの世界に執着をするのではなく、真実を追求、探求する心をもって
いけば「人生のやり直し」はいつだってできるのです。
今こそ「意識改革」をするべき時代です。