日本は、未だ学歴を重視した社会になっていますが、

IT業界の発展もあって、だんだんと欧米並に実力、能力を

重視した社会に変わってきたところもあります。

 

しかし、最近では唯物主義の脳科学の台頭により

「頭脳」にライトが当り、頭脳明晰=頭が良い=高学歴=賢い人

というようにTVなどのマスコミもさかんに盛り上げているようです。

 

勉強することは、とても良いことですが

「頭脳」を鍛えれば、賢くなると思っている人が

多いのではないでしょうか。

 

しかし、一生懸命「頭脳」を鍛えても、人は死ねば「頭脳」は

焼かれて灰になってしまいます。

それより、本当は「心」を鍛える方が人間らしい生き方なのです。

なぜなら「心」は死後の世界にもどるように

なっているからです。

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一生懸命に勉強をした経験は一生涯の宝

目標をもって勉強することは、素晴しいことです。

結果よりも勉強に取り組んだ姿勢や経験が、

その本人の魂を成長させるからです。

 

たとえば一生懸命に受験勉強をした経験が、

思考のトレーニングになっているので、

社会に出ても、思考のために必要な集中力

の持続や高い認識力が身に付いているのです。

 

何をもって賢いというのか

高学歴で優秀な大学に行ったから

賢いのでしょうか。

達成するまでの勉強した努力において

他人と比較した場合には「賢い」といっても

いいかもしれませんが、

その人間が賢いかどうかは、別問題です。

 

本当はその人間が「何を考えて生きているのか」が

賢い人かどうかの判断になるからです。

 

どこを見据えて勉強するのか

受験勉強によって優秀な大学に入学して

医者や弁護士、官僚などのエリートコースを

掴んだとしても、そこから先にどのような勉強を

しているかが、人として賢い道にいくかどうかに

分かれてくるのです。

 

その分かれ道は、どこを見据えているか

によって大きく違いがでます。

 

  • 出世するために、一生懸命勉強する人
  • 家族を経済的に裕福にするために勉強する人
  • 社会貢献を第一に考えて勉強する人

 

出世の為に人を蹴落としてでも

人が羨ましがる様なポストにつくこともあり、

家族のために、自分の一生を我慢している人も

いるでしょう。

中には、将来を見据えて社会貢献を考えて

起業する人もいます。

 

様々な人生がありますが、

これらは、「自分のため」「家族のため」「世の中のため」

というように「何を考えて生きているのか」で

違ってきます。

 

賢いと呼ばれる人は、世間の役に立つことをしている人

賢い人かどうかは、他人が決めることで

多くは世間の役に立つことをした人が言われます。

その中でも時代を超えるような影響力をもった人が

「偉人」とよばれているのです。

 

偉人や賢い人は、すべて高学歴かというとそんなことは

ありません。

松下幸之助やエジソンなどは、ほとんど学校教育を

受けていないにも係わらず、歴史に名が残っているのです。

 

そのような偉人の特徴は、学歴や肩書きが嫌いな人が

多く、自由を愛し、人を愛している人が多いのでは

ないでしょうか。

 

それに、学歴よりも社会貢献のために自分に何かできないか

と思い立ち、仕事の傍ら、多くの書物を読んで、

自己研鑽を積んだ人が多いと思います。

 

なので、学歴とか頭脳明晰ではなく「何を考えて生きているのか」

の方が人として最も大切なのが、わかるかと思います。

 

人間の「頭脳」はコンピューターの役割

人間の「頭脳」は本来は、コンピューターの記憶装置

ハードディスクやCPUなどの役割をしています。

 

「頭脳」を鍛えるというのは、知識、情報や言語などの

容量を上げていく作業とレスポンスの敏速さを快適にする作業に

近い感じがしています。

 

人は普段、思考しているのはこの「頭脳」だと

思い込んでいるかもしれませんが、「頭脳」は信号を受けて

反応している部分なので、頭をつかっているように

感じてしまいます。

 

しかし瞑想など、静かに心が落ち着くことをしていると

頭脳ではなくて胸のあたりの「心」の部分が

思考をしているのが解ってくるのです。

 

人間は、本来心臓あたりにある、見ることのできない「心」

が思考の中心であり、主人公ともいえます。

この「心」が思ったり考えたりしたことが信号として

「頭脳」に送信されて「頭脳」は受信をして素早いレスポンスで

カラダ(肉体)を動かしています。

 

「心」が人間の主人公であり、「頭脳」はカラダ(肉体)の主人公

ともいえます。

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頭脳を鍛えることが重要なら、人間としてスケールが小さい

人として最も大切な「何を考えて生きているのか」

を思考しているのが「心」なのです。

 

「心」は魂の中心にあって、あなた自身そのものなのです。

死後に「頭脳」やカラダ(肉体)は焼かれても魂(心)は

死後の世界にもどるようになっています。

 

あなた自身が、死後の世界にもどり天国にいければ天国で過ごして

また、さらに別の時代に「この世」に生まれて

別の人生を歩みます。

 

魂(心)は永遠に生まれ変わりを経験しながら

成長をする存在なのです。

 

それなのに、現代の脳科学の影響で

「頭脳」を鍛えることが重要であるように世間では

言っていますが、大変スケールが小さいのです。

 

「頭脳」は、この世の人生では役にたっても

死後の世界にはもって帰れません。

「頭脳」の中にたくさんの知識や言語、雑多な情報を

詰め込んでも本当は使えない部分の方が圧倒的に多いのです。

 

「心」を鍛えることで観えてくるものがある

「何を考えて生きているのか」

「自分は何ができるのか」

「自分は今世、何の目的で生まれたのか」

このような思考が誰しも「心」の奥底にあるのです。

 

「心」を磨いて、鍛えることで

自分の「思考」の本質が観えてくるのです。

 

「心」が命令をするから「頭脳」は活きる

主人公である「心」の思考が、それに必要な

知識や情報を「頭脳」から引き出して活かすようになっています。

 

たとえば、世の中の為になるような事を思いついた場合、

とくにあなた自身の「心」の潜在意識からのインスピレーションで

思いつくことがあります。

そして、その行動を起こす時に「頭脳」にある知識や情報の材料を

使って考えるのです。

それでも知識や情報が足りなければ、新たに知識や情報を

専門家の知識や書物やインターネットなど他から

「頭脳」にインプットしようとするでしょう。

 

思考している「心」が命令した後に、素早いレスポンスで「頭脳」が

対応するようになっているのです。

 

頭脳を鍛えることが目的になっていないか

ちなみに、頭脳のレスポンスの素早さは、頭のキレと関係があり

レスポンスが鈍いのは、知識や情報を引き出すのが遅いわけなので

そういう意味で頭脳を鍛えるのはいいと思います。

 

しかし、それは「心」の思考があってこそ、活きるわけで

頭脳のために頭脳を鍛えることが目的になるのは

本末転倒ということです。

 

頭脳を鍛えるばかりだと冷たい人間が多くなる

頭脳明晰で頭のキレが良い人が頭がよいと言われますが

頭脳は、知識や情報がたくさん記憶されているので

それをひけらかしたところで、世の中のためになるわけでは

ありません。

とかく頭脳が良い人は合理的に考える習性が

あるので冷たい人間に観えてしまいます。

 

唯物主義の脳科学は人間の価値を貶めている

頭脳重視の方にいくと人間らしさよりも、人工知能の優秀なロボット

との競争社会になるような感じがしています。

将来はAI技術の方が、人間の頭脳より優秀になるかもしれないのに

その時も、まだ、脳科学による頭脳を鍛えているのでしょうか。

 

唯物主義の脳科学によって頭脳に「心」があるような

ことがまかり通ったら、人間は人工知能に負ける未来が

くるでしょう。

まさに唯物主義の脳科学は、人間の価値を貶めている(おとしめている)

とも言えます。

 

本当は人間には、AI技術では超えられないものがあるのです。

それが心臓あたりにある「心」なのです。

 

人生の目的に気がついている人は賢い

「心」を磨き、鍛えることで人生の目的が観えてきます。

人生で本当に大切なことがわかってくるのです。

それは、死後には「心」と共に智慧を持ち帰れることです。

 

この智慧が、あなた自身にとっての宝物です。

永遠に生きている魂の成長にとって最も大事なものなのです。

 

この事実に気がついている人は、頭脳を重視している人よりも

賢い人生を歩んでいると言えます。

 

頭脳明晰で高学歴であっても天国の門は開かない

死後の行き先は、「頭脳」が決めるのではなくて

「心」が決めるのです。

 

いくら、頭脳明晰で高学歴であっても

この世で素晴しい肩書き、名声、お金持ちであっても

その条件では、天国の門は開かないのです。

 

やはり「心」を磨いて、鍛えていた人は天国の門は開くでしょう。

なぜなら、「心」が清いからです。

そして、純粋に世の中や他人のために尽くして生きた人は

天国では歓声や喝采が上がるでしょう。

 

「心」を磨けば潜在意識から応援がある

人間にとって「心」が最も大事であり

この「心」には神秘な力が宿っています。

それは、「心」の奥の潜在意識で、あなた自身に関係のある霊(魂)

からの応援があるからです。

 

この応援は、あなた自身より高いところからあなたの人生を

見ている霊(魂)なので、それを味方にできれば

インスピレーションなどでアドバイスをもらうことが

できるようになって、あなたの人生がさらに良くなっていくでしょう。

 

だから尚更「心」を磨き、鍛えることが大事なのです。

 

まとめ

唯物主義の脳科学が人間の価値を貶めています。

頭脳に「心」があると言う脳科学は

すでに人間はロボット以下であると言っている

ようなものです。

 

しかし、頭脳に「心」はありません。

「心」は心臓あたりにあって、目に見えない次元に

あるということです。

 

目に見えない次元にあるからこそ、人間は死後に

頭脳やカラダ(肉体)が燃えて灰になっても

「心」は目に見えない次元(死後の世界)にあるということなのです。

 

その「心」はあなた自身であり

「この世」に生きた時に蓄えられた智慧を

死後の世界に持ち帰るのです。

その智慧こそあなたの宝物であり

魂(心)の成長のために必要なものなのです。

 

だから「心」より「頭脳」を重視するのは

本末転倒であり、

頭脳より「心」を鍛える方がより人間らしい

生き方になるのです。

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