幽霊や地縛霊なんている訳ないし、なる訳ないじゃないか!いい加減なことを言っているんじゃない!と思われてる方は危ないですよ。脅す訳ではありませんが、現代日本では2人に一人は、そうなっているようです。

別の言い方をすれば、天国に行っている人は半分にも満たないのです。

特に間違った思想で世の中に影響を与えている知識人や唯物主義者にとっては、幽霊、地縛霊は当たり前で天国とは真反対の道を歩き出すのです。

今夏、異常な猛暑が続いていますが、そんな時に少しでも涼しくなるために幽霊の話を交えながら、そしてお盆ということもあって、人としてもっていた方が良い霊的知識をお伝えいたします。

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家や土地、物に執着をしているのは地縛霊

幽霊やお化けというものを信じている人はどのくらいいるのか解りませんが、筆者は信じるも信じないもなく、毎日、会話をしています。

以前、実家に引っ越しをする前に比べて最近はそのペースに拍車がかかっています。実はおもしろいことに実家に帰ってくる前に、実家の方から550キロも離れた筆者のところに、「来るな!!」という波動が何度も届いていました。

母親一人の実家は広く、使っていない部屋も多いためにたくさんの幽霊が住んでいたのです。この幽霊のことを「地縛霊じばくれい」とも言います。幽霊が多く住んでいた現状は、母親にも原因はあるかもしれませんが、ここでは割愛します。

筆者が帰ってくると幽霊自身は居場所がなくなって都合が悪いので、帰って来る前にその計画を邪魔したかったのです。

筆者はそれを感じていたので、「面倒くさいな」と思っていました。

実際、こちらに引っ越しをして始めのころは、大勢の幽霊に囲まれて「早く出て行

け!」という嫌な波動を感じながら過ごしていました。

5月始めの頃でしたが、部屋が寒いくらいでした。幽霊が居るところは実際に温度がた

いてい下がっているのを感じるからです。 しまったな、今夏がこんなに暑いのなら8月までたくさんの幽霊を追い出さなければ良かったと思っているところです。

エアコン代わりに、、、冗談です。

 

それからというもの、次々に幽霊を成仏していきました。まるで幽霊退治(ゴーストバスターズ)のようですが、筆者の幽霊退治の方法は一度には成仏できないので一人ずつ片付けていくしかありません。

 

しかし、いちばん最初にやったことは使っていない部屋の古い家具、人形ケースなどすべて処分をすることでした。すっきりさせてから、幽霊退治をするつもりでした。

それで処分した物をとりあえず庭に置いていたのですが、夜中の2時頃に「フゥ」と目が覚めて、庭の方から「ガサッ」と大きな音がして嫌な波動がきたので、直ぐに理解できましたが、それは「人形の霊」だったのです。

そういうと大抵信じられないと思いますが、人形に魂がある訳ではなく、幽霊がその人形と何かの因果関係で合体していたのですが、元は人間だったようです。

地縛霊とはたいてい家や土地、物に執着をしているからです。

 

筆者は、成仏させる時に「供養すべきだったのに庭に放り出したままにしてごめんなさい」と謝ってから朝には、処分してある人形の所でお酒とお塩で一応供養しました。

実家には相当数の幽霊(地縛霊)が住んでいたのですが、地縛霊にとっては、家の中を、きれいに片付けられると居場所がなくなるので困るわけです。

 

次から次へと成仏するための説得をしていると、幽霊と筆者が会話している様子を他の幽霊が観ているのです。

筆者と話していた幽霊が居なくなったことで、とても不思議に思い、筆者のところに来るのです。それに何人か成仏させていると、次は怪しい者が邪魔しにやってきます。

これがよく言う悪霊、小悪魔、悪魔のたぐいです。(本人は元締もとじめという言い方をしていた)

この霊達も元はと言えば人間だったのですが、あまりにも長く地獄に居座って、罪を重ねているので、筆者が説得してもそう簡単に成仏しませんので、筆者は守護霊団の強い方(仏教で言えば不動明王にあたる)にお願いをして、追い出してもらっています。

実際、どこもかしこも幽霊だらけ

実家の幽霊退治(成仏)はほぼ終わった頃、安心していたら、どこで聞きつけてきたのか、観ていたのか解りませんが、近所からも幽霊が集まってきました。

親父は生前に近所の人から頼りにされていたのもあって、幽霊も集まって来易かったのかもしれません。

大体、一人を成仏するのに説得する時間は、15分から1時間くらいで人(幽霊)によって違いがあります。

ただ、筆者はほどほどにしなければたいへん疲れます。よく数えたことはないので解りませんが、こちらに来てから50人くらいの幽霊(地縛霊やあちらこちらに存在する迷いの霊)を成仏させたのではないかと思います。

もちろん、成仏できなかった幽霊も存在します。疑っている波動を感じますのでその時は無駄にエネルギーを使わないようにして途中で退散願い、支援霊に元居た場所に戻してもらいます。

それから、家の中は、ほぼ片付いたと思ったら、今度は外から連れて来るようになりました。

筆者と妻は、夕方散歩によく出かけていますが、その度に妻の背中に何体かの幽霊を乗せてくるようになりました。

妻は散歩の行きはようようですが、帰りは冷汗をかいて坂道を休み休みで歩くのです。しかも、幽霊の痛みのある同じ箇所が痛みだすのです。頭が痛いとか、足が痛いとかい言うので、とりあえず、筆者は道の途中で幽霊を引き離しますが、それでも家まで必ず付いてきます。

おかしなこととしては、道でもどこでも幽霊はうろうろしていますので、妻がバイクで走ってもどこかで拾ってきます。妻だけではなく筆者の方に付いて来る者もいるのです。霊的に眼が開かれている人間には、幽霊は頼ってきやすいようですが、それだけではなく、人間は誰でも霊が本質なので「心」の持ち方次第では、知らず知らずに波長が合う幽霊にかれているのです。その結果、病気、事故などの災難に巻き込まれることがあります。実は幽霊は眼に見えないだけで、あらゆる所、どこもかしこも関係なく存在しています。

筆者と妻は特別に幽霊が出そうな所や廃墟などに行った訳でもないのに、日常生活で散歩や買物に行っただけで連れて帰ってくるのです。

だから、現代では幽霊や地縛霊との接点は、日常茶飯事だということです。

これは何を意味しているかというと成仏していない人(霊)がどこにでもウヨウヨ居るということです。

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成仏とは何なのか

では、成仏とは何なのでしょうか。

生前、神様仏様や天国を信じていた人で大きな罪を背っていない人は天国へいくことになります。その場合、死後にすぐ先に亡くなった身内やお坊さん(真理を悟った)の霊などがお迎えに上がるのですが、「あの世」を信じていたので死者の霊自身が死を自覚するのが早く、お迎えに来て理解が早いので成仏しやすいのです。

成仏とは、死を自覚して日本であれば三途の川を渡り、天国の入口まで行くことを言います。

天国まで行くことを成仏と言う人もいるようですが、天国の門をくぐるためには難関があります。

それは「心」の清らかさと関係しているのです。「心」の汚れ方によっては、泥のついた草履で家に上がれないように「心」の垢を落とさない限り、天国の門は開かないようです。

だから、現代では天国の入口まで行くことがまずは大事になります。

それを筆者は成仏と言っていますが、初歩の「霊的覚醒」ということです。

本当は成仏してからが、第三の関門がありますが、「この世」での心の垢を落とすのに時間がかかる人もいます。あの世での第三の関門には筆者は自分の役目ではないので今のところ直接タッチしていません。ただし、筆者としては「この世」の内に「心」の垢を落として霊的人生観をもつことをお勧めしています。それができていれば、フリーパスで第一、第二、第三の関門を通過できるからです。

 

死の自覚が第一関門

人は「この世」では肉体という物質を羽織はおっています。「この世」では眼にみえない霊(魂)が、肉体と同じような形になっていてオーバーラップをしています。若干霊体の方が大きいようです。

「この世」での肉体生命が死を迎えた場合は霊体が肉体から切り離されますが、さなぎからカブトムシが羽化するイメージです。完全な死とは肉体と霊体が繋がっていたシルバーコードが切れたことを言います。(幽体離脱の場合は一時的なので切れない)

 

死を迎えた死者にとって、最初の関門は自身が死んだという悟りが必要になります。

生前の知識や死後の世界の信心によって、ここが大きな分かれ道になります。

ここで幽霊になるか、成仏をして正しい霊として天国で幸せに暮らせるかの分かれ道です。

現代は、唯物主義の広がりのせいで多くの人達がここでつまずいてしまいます。

(親父は生前、唯物主義者だったのです。死後の親父が成仏するまでの記事です)

 

まず筆者が会話した幽霊のほぼ全員が「死んでいる」ことを自覚していません。

本人はまだ生きていると錯覚を起こしているのです。

その錯覚の原因は何かというと、肉体から切り離された霊体は、肉体と変わらないように手も足も頭も体もあるように見えるからです。

(筆者は幽体離脱時にこれを確認しましたが、今生きている状態と変わりません。

ただ、筆者自身は肉体を脱ぎ捨てた感覚の方が素晴らしく気持ちがよいです、蝶のように自由になった感じがしました)それに周りの風景が、「この世」と変わらずに存在しているように見えているから勘違いを起こしているのです。

この世に生きている人間のほとんどの人は、普通に「霊」を観ることはできません。

しかし、「霊」からはこの世の人や風景はリアルに観えているのです。

だから「この世」に生きている人に取り憑いて、生活をしていれば疑いなく食事もできているように錯覚を起こしているのです。

 

幽霊や地縛霊との会話

ここで普段、幽霊とどのような会話をしているのかをお伝えします。

筆者の場合は「心」で会話する形で、受け取るのは波動テレパシーのような感じです。ちなみにこのテレパシーは宇宙人とも会話できます。

 

たとえば、「夜中に招いてもいないのに、あなたはなぜ私の部屋にいるのか」「おかしくないですか、あなたが生きているとしたら私は警察に不法侵入で訴えることができますよ」

「しかし、あなたは誰にも見えない。警察が来てもあなたを捕まえることはできないのです。なぜなら、幽霊だからですよ」これを言うと「嘘、何を言ってるの?」のような反応があります。

「あなたには手も足も頭も体もあるように見えているだけで、この世の人ではないのですよ、それは錯覚をしているだけで、すでに肉体はなく霊(魂)という本当の姿に戻っただけです」この言葉には強く反応します。

 

「あなたは私が飲んでいるコップの水を飲めますか、飲めないでしょう」

「本当は食事も飲み物も睡眠もいらないのですよ。それは肉体の維持のためで、今のあなたには必要ありません」

「あなたの死後の葬式の後とかにすぐ、誰か身内の人がお迎えに来ませんでしたか?」

この辺の話になると幽霊は「ハァッ」と目が覚めます。死を自覚し始めて思い出したように「そういえば、迎えに来ました」と筆者に伝わります。

「あなたは多分、まだ生きているのに変な事を言うなと思って真に受けなかったのでしょう」そのように言うと本人は後悔し始めます。

「あなたは生前、神や仏、天国などを信じていなかったのではないですか、人間は死ねば何もかも無くなる、あの世なんて胡散臭うさんいと思っていたのではないですか」

「人間は本来、霊(魂)が本質であって、「この世」では肉体という物質を羽織って生きていたのです」

「それは「この世」は様々な考えや思いの人達が玉石混淆ぎょくせきこんこうとして切磋琢磨しながら、人として学んで成長していくような学校のように作られた世界なのですよ」

「天国の方があなたの元に住んでいた田舎の実家であって、今世に何かの縁があって親や日本を選んで生まれたきたのです、、、」

「人間は偶然に生まれて、死ねば無くなってしまうようなただの物質ではありません

よ」「人間は神仏と同じような性質を「心」の中に秘めている尊い存在なのです」

「今あなたは頭(脳)で思考していると思っているかもしれませんが、実際肉体がないのにどうして思考ができているのですか」と言うと「、、、、、?」キョトンとします。

「本当は心があなた自身であり、思考は頭(脳)ではなく心でしているのです」

ここまで説得していくと、よく聞いている方です。

 

本人の意志確認が第二関門

説得をしている内容を幽霊自身が理解し始めたことを筆者が確認してから、次の第二関門へ移ります。

「今まで私が話したことは理解しましたか」

「あなたは「この世」の人間としては死んでいることを自覚しましたか」

「はい、よくわかりました」と理解している幽霊自身には次のステップへ進みます。

 

「では、あなたは天国に行きたいですか」

「どうやったら、行けるのですか」と言われる人もいます。

そして、「では、お迎えをお願いしますが天国に行きたいのですね」

「それでは、今度は付いて行ってくださいよ」

「はい、行きます」と言う強い意志の確認をします。

 

この意志の確認がとても大事になります。

まだ、疑心暗鬼ぎしんあんきで意志が固まっていないのに強引に成仏させる事は、人の魂の尊厳にも関わる問題になりますので、自由意志を尊重して行います。

意志の確認が取れ次第、筆者は守護霊団の支援霊にお願いをしてお迎えをお願いしていす。

『ここで疑問になるのが、なぜ、「あの世」の人達(霊)が救えないのかということですが、一度は必ず、救うためにお迎えに行っているはずなのですが、本人の死の自覚は、目覚めの問題なので、死後の知識がないと何のことか解らないために救えないのです。

しかしながら、「この世」の人が普通に生活をしている中で、真理を悟っていて霊力(法力)があれば、救うことができるのです。ただし、「あの世」の力をもった守護霊団(高級霊のグループ)の協力がなくては難しいです。ようするに幽霊自身は、まだ「この世」に生きている思っているので、「この世」からの後押しが必要なのです』

筆者が支援霊にお願いしてからは一瞬の出来事で、お願いをしたら一瞬でお迎えが来ます。

「お迎えがきましたか」と確認すると驚くような反応があります。

「それでは幸せになってください、さようなら」と筆者は締めくくり、支援霊に感謝をして終わります。この間は1分かからないと思います。

そして、その霊はもうすでにここには居ないことが確認できます。

まとめ

このように、幽霊や地縛霊と言っても生前、私たちのように「この世」に生きていた人間なのです。

男性か女性か、年齢はどれくらいかはだいたい解りますが、何をやっていたかとか、どのような原因で死んだかについては、筆者は今のところ確認はとりません。

成仏させる目的にはあまり意味がないのと、時間がかかりすぎるために、筆者自身の集中力やエネルギーの負担が大きいので今のところ避けています。

しかし、どういう考えの人やどういった人生を送った人が、幽霊や地縛霊になっていくのかは読者の皆様にとって、とても興味があることだと思いますので今後、何らかの形でリアルにお伝えしていくつもりでいます。

 

幽霊自身が筆者の話を理解できるというのは、その本人が思考していることに他なりません。

生前の思考そのものが、死後にそのとおりの世界を展開しているので、生前に「人間は偶然に生まれた存在で、死後に火葬場で焼かれればすべて無くなる」と物質のように思っていれば、そのとおりの考えで思い込んでいるために、肉体が死んだ意味が解らないのです。自分の遺体を他人行儀に見たり、夢のように感じているのですが、いわゆる錯覚をしているのです。

まだ体があることを本気にしてしまい、死の自覚ができていないのです。

(肉体は無くなりますが、霊体(魂)として生きていることが理解できないのです)

実際、死ねば思考をしなくなることもなければ、キッカケもなく死を自覚することはありません。だから、この世に生きている時と同じ痛みや苦しみを抱えたまま過ごしているのが現状なのです。たとえば、事故で一瞬にして亡くなった場合、激しい痛みは残ったまま、霊としてその現場や病院などいろいろなところでウロウロしているのです。

たまたま、筆者と縁があったのが運のつき、天国への道を教えられたのです。

中には、今は2018年ですよって言うと「嘘でしょう」という幽霊もいます。本人は死んだ時から時間が止まっているのです。

 

このように何らかの他からのキッカケがなければ、何十年も何百年も幽霊のまま「迷いの世界」「浅い地獄」を経て、本格的に「心」と同通した地獄に落ちていく人が後を絶たないようです。

この人達は、この世的には大きな罪を犯しているわけでもないのにです。

普通に生きていたけれども、考え方が間違っていたからなのです。

 

                       →  →  →【第二の人生】「死後は無になる」という言葉は罪

 

(大きな罪を犯している人は、ダイレクトに深い地獄に行くようになっている。これは生前、殺人など外傷的や心的に他人を傷つけなくても、間違った思想や考えで影響を与えた罪は大きいのです。それに感化された人達を死後に迷わせることになるので)

一番大切なのは、今「この世」に生きている人が正しい霊的真理知識をもち、正しい「心」を持って、日々生かされていることを神に感謝して生きる人が多くなれば、自然に幽霊(迷える霊)は、その人達から感化されて、成仏への道を歩き始めることでしょう。また、間違った唯物的思想から離れる人も多くなってきます。

そして、死後の世界を見据えた大きなビジョンをもった生き方ができ、真に幸福な人が増えてくるでしょう。

信じるか信じないか、本当はシンプルなことで、すべては選んだ人の「心」次第で、幸福を掴めるかどうかになるのです。

この記事を信じてくださる方にとっては少なくとも

「幽霊や地縛霊にならないための対処法」

が理解できたかと思います。このブログ内の他の記事も参考にして知識を高めてくださるように願っています。

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