亡くなる1週間前にベッドにアゴをのせて何か言いたげな表情

愛犬が亡くなってから、ちょうど1ヶ月になる。

ペットの死が、こんなに深い悲しみになるとは考えてもいなかった。

 

一番大事な家族を失ったような悲しさが、まだ抜けていないが

愛犬が僕たち家族に残していった、とてもHappyなものに気がついた。

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食べ物の遠慮をするイヌなんて

16歳ちょうどで亡くなった。人間でいえば80歳といわれているが

亡くなる1週間前までは散歩を楽しんでいたので元気だった。

だから老衰にはまだ早い感じがしていた。

 

愛犬はプーといって、雌のミックス犬だ。

7匹生まれたうちの1匹で、娘がころころしたおとなしくて

熊のプーさんに似ているからとその名前をつけた。

 

プーの性格は、イヌには珍しく遠慮をするタイプだった。

普通、エサをあげると待てなくてフライングをするイヌもいるって

いうのに、いつも最初は首を横に振って遠慮をしていた。

 

それにエサの好き嫌いはあってか、いわゆるイヌのエサを

好んで食べなかった。

鶏肉や魚がすきだったけど生涯、少食なほうだと思う。

だから、実際それほどエサ代が掛からなかった。

 

それにスリムでダイエット犬ともいえるくらい

生涯、体型を維持して毛並みもツヤツヤしていた。

そのプライドを最後まで守っていた感じがする。

 

生涯、健康で本当に手が掛からなかった、2つの出来事を除いては

普通イヌは散歩が好きだけど、

プーは、ほんとうによく走るし長い距離も平気で歩いていた。

 

生涯、病気もせずこまらせることはなかったけど

妻は2度ほどプーに裏切られている。

 

一度目は、妻が仕事で休みの時、

家から500メートル先の公園に散歩に

行っていたが、妻が目を離したすきに、

500メートルをひとりで家に戻っていたことがある。

 

途中に大通りがあるっていうのに

それを観ていた人が、プーが赤信号で待っていて、

青になってから渡ったといっていた。ほんとかぁ?

 

でも本当に、ケガもなく迷わず帰ってきているから驚いた。

 

二度目は、プーが亡くなる1年くらい前から妻が朝晩

散歩をするようになった。

プーはまだ元気に500メートル先の公園まで散歩を

していた。

 

この時も、真っ暗になった夕方に妻のリードを

振り切って家まで一人で帰ってきているらしい。

 

家といっても、マンションのエントランス前で

待っている姿を思い浮かべると愛くるしい。

 

好きな散歩をしないで早く帰るとは

プーからしたら散歩のご主人の優劣の順位があるのか?

僕や娘にはそんな経験はないからだ。

 

まだ元気な時に亡くなるかもしれないって言っちゃった

しかし、そのプーも妻に看取られて最後を迎えてしまった。

あんなに元気だったのに、ほんの数日で老衰していった。

妻は「今年、プーは亡くなるかもしれないね」って

夏頃にいっていたことが現実になってしまった。

 

言葉の力は恐ろしくて、言ってしまったらリアルに

その通りになることもあるのだ。

あとでとても後悔していた。

 

家族全員に会うまでどこも行かないと決めているのか

亡くなる1週間前まで元気だった。

僕はそのときは、550キロ離れた実家に帰っていたので

すぐ戻ることができなかったので、プーの死に目には会えなかった。

 

今はSNSがあるので、離れていてもリアルタイムに状況がわかる。

すぐ泣いている妻のもとに娘たちが来てくれたのでよかったと思った。

 

それから、何時間かしたときにプーが僕のそばに来たような気がした。

泣かずにはいられなかった。

 

普通、イヌが亡くなるときは主人の帰りを待っていると聞いている。

 

僕はあと何日か実家にいるはずで、会えると思っていなかったが

偶然早くようじが済んだので僕はプーの姿に会う事ができた。

 

たぶん、僕に会うためにプーが仕組んでくれたのかもしれない。

これで家族全員に会ったことになる。

 

家に戻った時、プーはふっくらして毛並みが良く、

まるで若いときに戻ったような体つきをしていた。

だけど、もう声をかけても抜け殻だった。

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家族をひとつにしてくれるための存在でもあった

それから何日間は時々、家の中を歩いている音が

よくすると妻がいっている。

今でも時々そばにいるような気がしている。

 

16年間、いっしょに暮らしていたからか、

プーが亡くなるとこんなに寂しく悲しい気持ちに

なるなんて、本当に僕も妻もときどき思い出すたびに

涙を流してしまう。

 

今、思うと16年間プーがいてくれたから

家族がひとつになれた。

家族が荒れた時も、プーはそばにいてくれた。

 

僕たち家族のために必要な存在だった。

偶然ではなく必然だったと思う。

 

だから当然、家族なので悲しみが大きい。

しかも人間のように言葉で交わすよりも、

気持ちで伝えあう感覚だったから、

より悲しみが強くなっているのもかもしれない。

 

姿が見えなくても今も同じ様に『心』と『心』

が伝わっているからだと思う。

 

とても大事な贈り物をおいていってくれた

プーがいなくなってから、

とくに妻はプーに連れて行かれるように

ひとりで毎日散歩に行っている。

 

最後に自分を看取ってくれたから

実は一番目のご主人に変わったのかもしれない。

The Gospel(福音)が与えられた

プーが亡くなってから

妻は、昔から憧れていたゴスペルの会に偶然に入り、

ゴスペルの会の名前がHappy Gospelで、

最初に覚えた曲がOH, Happy day.

 

そういえば、妻がよく言っていたが

プーが亡くなる少し前に、公園で散歩をしているときに

いつも何だかわからないけど「涙がでるくらい幸せなんだ」

何故か、Happyな気持ちになると言っていた。

 

ちなみに僕も2ヶ月前に、Happy second lifeブログを

立ち上げていた。

 

これらはすべて偶然みたいだけど「Happyになってね!」

って、きっとプーがくれた贈り物だと思った。

 

ありがとう!愛してるよプー また、会おうね!

 

追記

プーが亡くなって49日が経ったが、まだ悲しみから抜けきれない。

人間と同じ49日間、お骨と遺影の前で拝んでいる。

 

聞いた話では、あまり長く供養しない方がいいらしい。

イヌの魂はあの世に帰って普通1年くらいしかいないので

長く供養をするとイヌの生まれ変わりに支障がでるようだ。

 

1年たってまた生まれたばかりのイヌを飼ったら、、、

ひょっとしてまた会えるかな?

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