霊的意識に目覚めるというのは、本来人間の本質に目覚めることであって、全く別の何か違う能力を手に入れることとは違います。

人間は本来、スピリチュアル(霊的な)な存在です。スピリチュアルな部分での「魂」とこの世の物質世界に応じた「肉体」で構成されています。その「肉体」と「魂」をコントロールしているのが、その本人のアイデンティティでもある「心」です。

人間は死後には肉体はこの世に置いていき、魂が主役である「心」とともにあの世に旅立つわけです。

国によって死後の肉体の扱い方は土に埋めたり、火葬したり、鳥葬したり様々ですが、何れにしても肉体は使い物にならなくなります。しかし、魂は、心と共に天国に戻るようになっています。

この様な話は、クリスチャンやイスラムを信仰している海外の人たちに話した時、みんな疑いもなく信じていました。しかし、不思議なことに現代の日本人はこの最低限の意味すら信じていないところがあるのです。

筆者が説いているのは、本来は宗教で教えなければならないことなのですが、現代は特に日本人の多くは宗教離れしているせいでこのような話は受け付けないところがあるのを感じています。

しかし、人間である以上知っておくべき、信じておくべき大事なことであるので筆者は哲学という別の角度から説いています。

 

1.「心」に対する誤解をとく必要がある

それは、この人間の大きい構成要素の2つ、「肉体」と「魂」についてもそうですが、しかしここから先にお伝えする「心」という一番重要なところがあまり重視されていなくて残念であるのです。

例えば「肉体」を動かしているのは、心臓や頭脳の重要な働きのおかげでもありますが、ではその心臓や頭脳を動かしているものは何でしょうか?心臓や頭脳は勝手に動いているのでしょうか?

また、死後に肉体から抜けて「魂」だけになった時に何がメインコントローラーになるのか?です。

幽霊など霊はなぜ生きているのでしょう。なぜ、意志をもって話ができるのでしょうか。

筆者は、いつも話をしていますがなぜ話ができるのかです。

このような疑問もあるのではないでしょうか。

実は、この魂をコントロールしているのが「心」の役割なのです。しかし、本当のことを言えば、この世に生きている時に肉体も魂もこの「心」が全てのコントロールタワーでもあるのです。心が頭脳や心臓、内臓、手足全てを動かしているのです。

ですから本当は、人間にとって最も重要な「心」にフォーカスをするべきなのです。しかしながら、これまで「心」についての正しい認識が人々に伝わっていないせいで、誤解されているのを知ったのです。

特に現在は、唯物論科学の台頭でこの目に見えない心または魂の存在が正しく理解されていません。心は頭脳のどこかの部分で物質として存在するという仮説を立てて研究をしているのです。

これについては西洋諸国やキリスト教国の人々に大きな誤解があることがわかりました。

また、それだけではなく唯物論科学の影響で、だんだんこの誤解が世界中に蔓延しています。

なぜなら、筆者が西洋の人たちやキリスト教、イスラム教信者にも「心の存在」を聞いてみた時、皆は心は頭脳にあることを差し示すからです。

ですから、ここの誤解を解くことをまずはやる必要があると感じています。

近頃、瞑想が流行っていますがこの瞑想時もほとんどの人は残念ながら誤解をもっていて頭脳に集中しているようです。

このフォーカスポイントが最初からマトが外れているので、リラックスや不思議な安らぎの感覚はあっても人間の本質がスピリチュアルであることを確信もって悟れる人は少ないでしょう。

筆者自身は、28年前に長期間の瞑想をして霊的覚醒した時に、頭脳ではなくて「心」が最も大事であることを悟ったのです。その時に、意識していていたのが頭脳ではなく胸や鳩尾にある「心」です。

今では、毎日「心」の中に意識を集中して見えない世界に侵入し、私のそばにいつも高次元から降りてきている霊(宇宙人)や守護霊とテレパシーで会話をしています。

頭脳については『天国の扉』にも書きましたが、この世においてのコンピューターのメモリやハードディスクの役割をしています。

例えば、今、筆者は英語を猛勉強中ですが語彙やセンテンスを覚えるのに苦しんでいます。年齢のせいにしたくないから必死です。

コンピューターのように1回で記憶できればいいのですが、人間の脳の場合は1回ではなく毎日×何回と繰り返さないと覚えないところがあります。忘れやすいのです。腑に落ちるところが来るまでやり続けるしかないのです。

ですから、頭脳は何かをたくさん覚えようとすると大きな負荷がかかり、あまり難解なものだと拒否反応が起こって眠くなったりします。

若い頃は、受験勉強で短期記憶のために徹夜してでも長時間の勉強も耐えることができていましたが、最近は頭脳を使うのは体力がいるもんだと言うのが分かってきました。ですから、もう頭脳のキャパがオーバーになると身体を動かしたり散歩でもしないと次に進めないのです。また、チョコレートなど甘いものが欲しくなります。

結構、頭脳を使うことも必要ではあります。特に言語学習の場合はスポーツにも例えられますが、本当に毎日の訓練、頭脳への負荷を与えることが必要なんだと実感しているところです。

実際、今はこの「頭脳」と「心」の役割が違うことを身をもって体験しているのです。

2.「心」の潜在意識に繋がるには

筆者の書いた『天国の扉』を読まれた方はご存知ですが、筆者は意識していつでも心の奥にある潜在意識に繋がることができます。ですからその潜在意識を通して神、守護霊、指導霊、支援霊、妖怪、幽霊、UMA,宇宙人、悪霊、悪魔などとも繋がることができています。

しかしながら、これらと繋がるには理論上は心の中にある様々な次元に自らの心をコントロールできるようになる必要があります。

なぜなら、全ての存在が同じ次元に存在していないからです。高次元は神に近い存在、低次元(この世の3次元に最も近い次元)は悪魔、悪霊、幽霊など存在している次元の違いがあります。

要するに潜在意識にあるラジオの周波数をうまくチューニングすることができれば、繋がることができるようになるのです。

このチューニングには思い(念)というものが必要です。

これを正しく発するようになるためにはやはり心の修行が必要になります。心を綺麗にクリアに純粋にまで磨き上げて維持できるようになれば、ノイズや乱れた波長なしでコントロールできるようになります。

この心を綺麗にするということが間違いなく大事なことなのです。

この心は誰でも知らず識らずのうちに汚れやすいし垢が積もってしまうからです。子供の頃から長年経った垢は積もりすぎて中々取り除けれません。

誰もが風呂に入り身体を洗い綺麗にすることはしているでしょう。生まれてこの方、どれくらい風呂やシャワーで身体を洗浄したでしょうか。しかしながら、誰も「心」を綺麗に洗おうなんて考えたことはないのではないでしょうか。

筆者は、毎日「心」を洗い、磨き続けることを25年以上維持してきました。その間に大きく心を汚した機会は正直ありました。しかし、この「心」にフォーカスする意識はなくなってはいませんでした。

おかげで、強い霊的感覚を維持できたと思っています。また、霊的感覚とこの世的に生きる感覚の両輪で進んで来れたのです。

いわゆる霊的人生観を歩んでいると言うことです。

そのせいで唯物的な人たちの考えの狭さが手に取るように分かるようになりました。

意識をコントロールすることによって、あの世の高次元世界に行ったり、宇宙に行ったり、低次元世界にいる迷える幽霊に照準を合わせたり、いつも筆者のそばで支援している何人かの宇宙人と交流したりすることで世の中や自らに対するビューポイントが変わり、様々な考えがわかってくるのです。

それと意識の集中により遠方にいる霊を呼び出すことも可能です。昨日、前に住んでいた地域で大変お世話になった方の訃報を知って死後2日目の本人を呼ぶことをしてみました。まだ、本人の霊は病で苦しんでいたせいもあり夢うつつでしたが、生前の感謝と3日後のお通夜、葬式と現状をお伝えしました。

この奇妙なことは筆者の力ではなく筆者のこの念いを援助してくださる力のある指導霊の技でもあります。すぐに目の前に連れてきてくれます。

このような能力はもちろん大小様々な違いはありますが、特別なものではなくて本来はスピリチュアルである人間として誰でもが元々もっている能力でもあるのです。

しかし、この世が唯物主義、物質中心の考えになってそれに染まっている以上、心は自動的にクリアにはなりません。多くの人が霊的、スピリチュアルな世界とは真反対を愛しているので心が汚れて純粋では無くなっているからです。

ですから、「心」を探求し磨いていくことが重要なのです。

3.「心」の潜在意識にこれからの未来がある

これから世の中がAIなどロボットが活躍してきた時にAIロボットといつまでも頭脳競争をしている唯物主義の人たちが増えてくることを懸念しています。はっきり言って頭脳競争であればAIに絶対に負けます。筆者はAIと英単語の量の勝負をしたら一瞬で負けます。

そうではなくて本来のスピリチュアルな人間としての生き方を目指し、AIロボットと共存をしながら生きていくのであれば、AIロボットには真似ができない素晴らしい能力を人間が発揮することになるでしょう。

もう一つ言うなら、人間のスピリチュアルな力を甘く見るなと唯物主義の科学者に言いたいのです。

この世に生きている人間は本来の1/10しか能力を使っていないと言われています。

ですから、この世の中の自然や宇宙に対しても今の科学では解明できないものだらけであるのです。

例えば自然の動物、植物についてもなぜこういう種類の動植物が必然的に生きているのかに対しても1/10も理解、説明できないと思います。

多分、偶然に生まれたと思っている唯物主義の科学者にはいつまでたっても解明不可能だと思います。

なぜなら、この世の3次元世界は神が創ったからで、その理念や考えを理解しない限り解明はできないからです。ですから、唯物主義者は神を信じていないのでその真意はわかるはずもありません。これには信仰と謙虚さというのがなければ、真意は理解できないでしょう。

人間には通常五感(五官)を使って生活をしていますが、それ以外の能力が「心」の潜在意識にあるのです。

シックススセンス、セブンスセンス、エイツゥセンス、、、というように隠れた能力をもっているのです。

その「心」を開発することが未来の人間にとって必要なことであるのです。ですから、本当に10パーセント以上の能力を発揮したいのであれば、「心」という神秘で偉大な存在を通して目に見えない世界への探求が必要になります。

 

4.未来の鍵は「心」にある

前世紀末にデジタルの法則の発見があったために今世紀に入って急速にデジタル社会が発展しました。

このおかげで宇宙にも目が向けられるようになったのです。

しかし、まだまだ、科学技術の発展した他の惑星には程遠いレベルです。

なぜなら、宇宙人はUFOを自由に操って、しかも姿も見えなくできるわけです。当然、はるか遠い星からワープしたり時間を超越してこの地球に来ているのです。この技術に追いつくにはまたさらに別の宇宙の法則を発見しなければなりません。

多分、現代の唯物科学者はエネルギーの効率化よって遠い星に行って帰って地球の資源不足やエネルギー不足を解決しようとするでしょう。でも唯物論科学のテクノロジーでは限界があるのです。

それは、宇宙人が姿を消したりワープできるのは別次元を利用する手立てを知っているからできるのです。ということは現地球の科学技術では発見していない別の法則を知っているということになります。

ですから、その目に見えない宇宙人と会話ができるというのは、その鍵が目に見えない「心」にあるということと繋がってくるのです。

ですから、未来はこの「心」が鍵を握っていると言っても過言ではありません。

5.霊的意識に目覚めた効果(メリット、デメリット)

筆者の説く「心」を開発することで、それから得られるメリットはたくさんあります。

ネガティブだった心がポジティブに変わり人生が好転してくることは間違い無いです。

性格的にも変化があるでしょう。思っても見ない能力に気がつくこともあります。

頭も良くなります。なぜなら、考え方に変化が起こるからです。

これらは、この世的にも様々な個性を発揮して仕事をしていく上で大事な能力になります。

ただ、人間はもうすでにこの世の3次元世界に生きておりながら、4次元世界以降の世界と重なった次元空間に生きています。

ですから、皆さんの「心」はもうすでに4次元世界以降にあって方向磁石の針のようにあちらこちらに移動を繰り返していろんなところを針が指し示しているのです。ですから日常の様々悩み、迷い、苦しみ、葛藤、人との会話、行動など思いによって指し示す方向が違うのです。別の言い方をするといろんな次元に心が存在しているのです。

ですからネガティブな思いを長く持続しているとその次元に精通する霊と繋がってしまい、縁ができるのです。この場合はネガティブな低次元の霊です。

これは、この世に生きている人たちは全てこのような状況から逃れることはできません。

これには「波長同通の法則」と言う神(宇宙)の法則があるからです。この法則には善も悪もありません。心を持った人間には思い、考え、言葉、行動に自由が与えられている分、その責任があるということになります。ですから、悪い思い、行動をしている人は、知らず識らずのうちに同じような思いを持った悪霊サイドからのコンタクトが行われているのです。

そのせいで思いも掛けない事故、病気、災いなどが起こったりします。呼び込んでいるのはこの世に生きている人の心が原因なのです。

この世の人間の同意なしでもあの世からは、この世に生きている人の心の中までが全て包み隠さず見えるので、磁石のように呼んでしまうのです。心の汚れや垢の積もったところがアンテナとなり汚れた霊を呼びこむのです。

ただし、心が磨かれてクリアになった状態で常に高次元世界と繋がっている場合は、

光(熱)が心に差し込んできます。この時、全身からオーラが発せられます。

この状態は、低次元の霊の憑依や病気の元になる病原菌、ウイルスなどは寄せ付けません。(今流行りのコロナウイルスは侵入しないのです。侵入しても死滅します。

なぜなら、このウイルス霊的なものでもあり人間に対して憑依という形を取るのでオーラによって取り付けないのです)

このような理屈を知った上で、自らが積極的に心の探求し、心を綺麗に磨いていくことによって今度は自らの意志で明るくポジティブな霊的世界と繋がる能力を身に着けるように努力をするべきなのです。

このことで悪い霊に翻弄されることなくこの世的にも霊的にも健全に生きていくことができます。もちろんその時にあなたの守護霊にも繋がることにもなりますので、しっかり守っていただけるように感謝しお願いをするべきなのです。

そして守護霊と交流ができているのを感じることができれば、あなたの心の中に眠っていた潜在意識においてあなたが今世にするべきことが分かってくるかもしれません。また、人によっては別の扉が開いてくるかもしれません。

このように霊的意識に目覚めた時の効果(メリット、デメリット)があることは理解しておいてください。

6.現代の多くの人は宗教を誤解している

また他に、持っておくべき、行じるべき大事なことがあります。

それは、心の潜在意識において神の子である自分を信じることです。

神というと宗教的になってしまうかもしれませんが、哲学と言えどもソクラテス、プラトンも当然、信仰をもっていました。

現代の多くの人は宗教に誤解をもっているのです。拝んだりお願いしたりするのが本来、宗教ではありません。

宗教は字のごとく「ウ冠の宇宙を示すための教え」なのです。

本当は人間では認識し得ない宇宙、広大な霊的な世界や神の意志をお伝えし、神の世界に人間を誘い神の子である人間に自信を与えるためにあるのです。本当にその事実を知ったなら日々の感謝は当たり前になるのです。

しかしながら、これまでのキリスト教、仏教、日本神道、イスラム教など様々な教えがありますが、まだ概ね人間の道徳的な初歩の教えのレベルしか理解できていないのが本当のところです。それは我々人間がこの世の物質世界に染まっているせいで、そのレベルの受け皿しかもっていないからなのです。様々な経典にはこの世的に考えるならば辻褄の合わない内容のものがあったりします。ですが学者や翻訳家または宗教家は真実を解くことができていない部分があります。それは多くの霊的な経験をしていなければ理解ができないからです。

ですから、本当に宗教を知るということは宇宙を知ることでもあり霊的世界を知り、神の考えを知るということになります。それは、この世の時間、空間や次元を超越した多次元宇宙、地球、人類創生など創造主の広大無辺な領域まで入って行くことになるのです。

ですから、「心」が純粋で素直で謙虚に生きている人がこれまで各宗教で説かれている教えの神や仏が本当に言いたいこと「真髄」を見抜いて真に行じることができるならば、それが悟りに至る道でもあります。

ですからそこに到るまでの初歩の段階で心の奥に神と繋がっているものを感じることができるようになって欲しいと思っています。そこを筆者がアルケミストとしてサポートしたいのです。

それが可能ならば各人が人生に対しての自信を掴むことになるからです。

自信をもつと言うのは大事なことです。「心」の中に座している神に対して全信頼の思いを向けることが生きていく上で自信に繋がるからです。それが本来の信仰、信心と言うものになります。

ですから、宗教は各人の心の中に神の子としての自信をもつためにあるのです。

目に見ることのできる御本尊や仏像、対象物を拝むことだけが宗教ではないのです。そこから心の奥、中の神の子である自分自身を見つけ、そして自らの人生に自信をもつことの方が重要です。

そうすれば、日々自らが生かされていることを実感でき、自然と感謝できるようになるからです。

人間本来のスピリチュアルに目覚めることになるのです。

そういった人たちが増えて来るならば、この地球はもう一段大きく次のステップへ移行することになるでしょう。

Gerd AltmannによるPixabayからの画像