この世において、すべての人に平等にあるのが「時間」ではないでしょうか。

その時間は、1日24時間で昼と夜の逆転があっても世界中ほぼ同じ時間を

すべての人は生きています。

70歳まで生きるとしたら、70年×365日×24時間で365日が若干違う年もあります

が、約613,200時間になります。

 

たとえば、生まれてから死ぬまで613,200時間を与えられたとしたら、時間を

ムダにする生き方も生かす生き方も自由ですが、あなたは、どちらの生き方を

していますでしょうか。

 

この記事では、時間という概念と「この世」の諸行無常をかけあわせて哲学的に考

えてみました。

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1日24時間が1秒間になったら

いきなりですが、この世の1日24時間が1秒間になったらどう思いますか?

例えば、70歳まで生きるとしたら1日は86,400秒、70年で2,207,520,000秒に

なります。

ということは1日86,400秒が1秒になるということは、70年で25,550秒になり

約7時間で一生が終ることになります。

1日1秒、7時間で人生が終ったとしても、人間も同じようにこの時間の中に

生きていくのなら、今の状態とあまり変わらないと思います。

なぜなら、時間は、縮んでも伸びても当事者が同じ時間に生きているなら、

生まれた時からそういうものだと思ってしまうからです。

 

ただし、1日24時間が1秒に変わった「この世」を一歩引いて客観的に観察している

人がいるとしたら世の中や廻りの風景や物は、ビデオの早回しのように猛スピード

で移り変わっている様子が観られると思います。

走っている新幹線をすぐそばで外から見ている人と中にいる人の違いです。

70年というと戦後から最近までになりますが、もし、70年前に生まれて一生が

7時間で終ったならアナログからデジタルまでめまぐるしく変化していますので、

山、川、海などの自然の風景はそんなに大きくは変わらないとしても、身の回りの

物はえらく変化して観えると思います。

 

この世は諸行無常の世界

この設定は、アインシュタインの相対性理論のような物理の世界に入っている

ようですが、何を言いたいかといいますと

この世は、物質世界であり、すべての物は移り変わり、果敢はかなく永久に不変では

ないということです。

仏教でいうところの「諸行無常しょぎょうむじょう」です。

 

これを一生70年で考えるより、一生7時間で考えたほうがわかりやすいので

例にしました。

一歩引いて客観的に観ている人は、猛スピードのビデオの早回しのように、

そこに実体があると思えば残像が観えてすぐに無くなるということを

発見すると思います。物があると思ったら無くなっているのを観ると思います。

 

この世は物質で成り立っている世界

人間は、この世に生まれると目に見える物をどうしても実体あるものとして

認識してしまいます。

それは肉体という物質を着ているせいもあって、他の物質とそんなに変わらない

時間を生きているからなのです。

しかし、一歩引いて客観的な立場の人がこの世を観察した場合は、すべての物は

移り変わって実体が無いのです。

 

プラトンの洞窟の比喩

これは、哲学者プラトンの「洞窟の比喩どうくつ ひゆ」とも似ていて、洞窟の中が本当の世界と

認識をしている人達が、洞窟の壁面で動いている影絵しか観れない状態で一生を

過ごすとその影絵が実体であるがごとく思い込んでしまうということです。

本当は、光輝くイデアの世界があり、イデアにいる実体が光で投影されてその影が

洞窟の壁面に写り込んでいるということに気がつかないのです。

 

イデアの世界とは

イデアの世界というのはあの世、霊的世界、実相の世界のことです。

プラトンは霊能者だったので幽体離脱をしてイデアの世界を観てきているので、

そのような比喩を使ったのです。その先生の哲学者ソクラテスも同じく霊能者で

ダイモンという守護霊と交流していました。

 

本来、哲学とはイデアの世界を優しい比喩をつかって、他人が理解できるように伝

えるものなのですが、現代の哲学は唯物主義になっているために、この世の視点か

ら抜け出すことができないせいで、結論が見えず疑問を投げかけて終わりというも

のが多いのが残念でなりません。

 

この二つの喩えで言いたい事は、

イデアの世界(あの世、霊的世界、実相の世界)が実体のある世界であって、

この世は仮の世界であるということなのです。

実体のある世界は、本当は見えない世界の方であって「この世」の方では

ないのです。

筆者は、霊、魂(心)が大事であることを霊的覚醒をして、幽体離脱の経験も

含めてイデアの世界を様々な角度からお伝えしておりますが、

まさにイデアの世界が本質であって、カラダ(肉体)や物質は仮であって

諸行無常なのです。

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この世は仮の世界

一番言いたい事は、「仮の世界なのに物質に縛られて執着をもっているのは

違うのではないですか」ということです。

こだわったり、握って離さなかったりしていますが、その物に実体はないのですよ。

だからこの世の一生が終れば、サッサとあの世に戻るべきですよ」

 

前にも書いたと思いますが、この3次元世界は地獄を卒業して天国にいった魂から

神格のある魂まで玉石混淆ぎょくせきこんこうにされていて、お互いに魂を磨いて成長させるために

創られたのであり、実験の場や学校でもあります。

実験の場というのはこの3次元世界に理想の世界を創ることを目的としているので

す。だから本来は、その計画にたいして自覚をもって成し遂げる人々が目覚める

ことを期待しているところもあるのです。

しかし、残念なことに現代は、唯物主義の台頭と宗教間の争いが絶えない問題が

あります。

 

その問題の原因は、イデアの世界に対する誤解なのです。

唯物主義は神や魂を否定して、神の理念や概念とは全く逆さまなのです。

 

宗教の問題は特にキリスト教とイスラム教になりますが、教えの違いによるお互い

の認識のズレや現代のライフスタイルに合わないところが

あり、お互いに寛容性がなくなっているところがぶつかっているのです。

だからこそ、筆者は宗教ではなく哲学的な方面からスピリチュアルな思想

により平和的に解決できる方法を模索しているところです。

 

時間をムダにする人

人に与えられた1日の時間は平等にありますが、この時間を有意義に生かせることの

できる人とムダにする人がいます。

 

この記事では、様々なブログサイトで語られている常識的な見解は言いません。

たとえば、怠け癖があったり、意志が弱く人に流されているなど時間をムダにして

いると思われることは当たり前のことで、これらの特徴の人は、常識的に考えて

わかると思いますのでここでは問題にしません。

 

それに情報過多によって正しい情報よりもフェイク情報を本気にしてしまったり、

未来型社会ではロボット化が進んで仕事不足により時間を持て余して時間をムダ

にすることもあるかもしれません。

 

時間をムダにする人のタイプ

No.1  人生はこの世限りで死ねば何もかも無くなるという考えをもっている人

(唯物主義、神を信じていない)

 

No.2  脳に心があるという脳科学(唯物主義、知識偏重主義)

 

No.3  物、家やお金それに名誉などに執着のある人(物質欲、名誉欲、自己中心的)

 

No.1の人は、考え方の根本が、人生をこの世に限定していてスケールが小さい

のです。頭脳や肉体が自分自身であって、世の中の物はすべて物質により成り立っ

ていると考えています。

No.2の人は、見えない世界を信じていないので、スケールの小さい世界で

頭でっかちになっているのです。頭脳に心があるといって、人間の価値を貶めてい

るところもあります。知識偏重でコンピューターのように使いもしないアプリや

データなどの情報や知識をたくさん詰め込むために時間を費やしています。

No.3の人は、物やお金や名誉に執着があり、物やお金をもつことをステイタス

にして他人や社会の幸福より自己中心に物事を考えています。

 

この3つは似ているところもあります。

客観的立場から観れば、この世は実体のない世界

物質中心に考えているというのは、先程のたとえでいうと諸行無常であって、移り変

わりのある物を実体がある物として捉えていることになります。

いわゆる幻想を追っているのです。

プラトンの洞窟の喩えでいえば、影を追っていて影を一生懸命つかもうとしている

のです。

本人は手につかんでいると思っているかもしれませんが、一歩引いて客観的な立場

の人が観た場合それは残像か影をつかんでいるように見えてしまうのです。

 

実は、一歩引いて客観的な立場の人は、守護霊のことでもありますし、天国に存在

する霊(魂)が観たらそういう状態に観えるのです。

それとこの世で霊的覚醒をした者にとっても同じように「心」はこの世を俯瞰して

観えています。

 

死後、何が評価される?

この世限りと限定した人は、偶然に生まれたのだから人生は楽しまないといけない

と考え、物やお金、名誉にこだわっているのです。

しかし、「死」も時間と同様にすべての人に平等にあるのですから、そこで死後

「この世」で何を考えて生きてきたかが問われるのです。

 

そのときに、本人はたくさんのお金やりっぱな家と人からうらやましがれる肩書き

と名誉をもって死を迎えたのですが、それらは、本人の評価対象にはならない

のです。優遇もありません。

しかも、他人や社会のために考えてなかったことで地獄にいって反省する時間をも

たなければならないのです。その時間は地上に生きていた時間以上過ごす場合があ

ります。実はここでも時間をムダにしたことになります。

間違った思想をもった人々は、他人や社会に対して毒を流した罪で、そのさらに何

倍もの時間を地獄でムダに過ごしてしまうのです。ある意味、魂として成長ではな

く退化しているのです。

 

だから、死後には魂としての成長に役に立つことをしてきたかの方が評価される

のです。

本人がせっかく、お金やりっぱな家や名誉を得ることに費やした時間は、虚しく消

えてしまうのです。

その意味は、時間を早回しにすればするほど、そのようなものは、跡形も残

らない状態になるからです。

 

本人は一生懸命、自分のために費やした時間をムダにしたということになります。

その結果が証明されているのは、

反対にこの世に残っている人が、時間をムダにした人の死後、1年もたたないうちに

その人のことを忘れてしまいませんか。印象に残らないのです。

逆説的に印象が残らないということは、死後に本人が「この世」でつかんだ物質や

名声は元々なかった、幻だったということにもなるのです。

 

しかし、一方他人のため社会のために活躍した人は何百年も何千年も歴史として、

その地域に銅像をたてて崇めるくらい印象が残っていますが、それは、時間を生か

せた人が「心」をその地域に残してきたからなのです。

物質ではなく、愛の思いや考え、行動が残された人々の「心」に感動として刻まれ

たのです。それは本人が天の蔵に富を積んだことのあかしなのです。

時間を生かせる人は、天の蔵に富みを積んでいる

物や家や名誉をもつことが時間をムダにしているという批判をしているわけではあ

りません。

それ以上に、他人のため、社会のためや弱者のために奉仕をした「心」があったと

したらそれは、天の蔵に富を積んだことになるからです。

 

天の蔵に富を積むとは、「愛」「思いやり」「正義」それと他人や社会のために

生かそうとした知識や経験などそれが智慧となって、いつのまにか、天に貯金を

しているのです。別の言い方をすれば本人の「心」の中に貯めているのです。

死後もっていけるものはこの「心」だけです。

 

筆者は「心」とは見えない世界にあると言っていますが、ここがキーポイントに

なります。

この世に執着をするというのは、この世の物質や名声に拘っているのですから

幻を追っているわけです。

しかし、他人や社会のために愛をもって生きている人は、見えない世界にある

「心」にその智慧を蓄えているのですから、この世が幻であろうと仮の世界であろ

うと、他人や社会のために人生をささげたにも係わらず、結果的に本人自身の魂の成

長に役に立つことをしていたことになるのです。

これを天の蔵に富を積むというのです。

 

これこそ本当に「時間を生かせる人」の生き方なのです。

「時間を生かせる人」の生き方の人の概念は、この世だけを見据えていないというと

ころにあります。

永遠の時を過ごしていることを「心」の中で理解しているのです。

 

あとがき

タイトルの「時間をムダにする人、生かせる人」は、簡単そうなテーマではあるので

すが、この世的で常識的な話ではなくて、人間として根本的な概念を時間と絡めて

哲学したので、説明は少しややこしく難しい内容だったかもしれません。

 

ただ、言いたい事はシンプルで、「この世」は仮の世界ですから「この世」に執着

をもたないでください。そのために生きている時に大切なのは「心」です。その

「心」しかあの世にもって帰れません。だから自己中心で生きるのではなくて他人

や社会の幸福のために、時間を生かせる人生を目指しましょう。ということで

す。それが最も人間として素晴らしい生き方なのですから。

 

筆者は、霊的体験の中で現代の人達が死後に大変なことになっている現状に危惧しています。

今、半分以上の人が地獄に行っている現状をどこかで食止めなければなりません。

これは人ごとではありません。

 

2025年には日本も超高齢者社会に突入します。戦後、日本を発展させるためにご活

躍された方々がたくさんこの世を去っていくことにもなります。

そのためにも、急いで間違っている思想の上に真実のイデアの世界の理念、概念

上書きしていき、啓蒙けいもうしていきたいと考えています。

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